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林琴奈(バレー)の小学校や中学高校時代からの活躍をまとめてみた!

林琴奈選手と言えば、切れのあるスパイクが持ち味で、春高バレーでも活躍。

現在はJTマーヴェラスに所属し、日本代表選手に選出され注目されています。

そんな林琴奈選手の小学や中学時代が気になります。

そこで今回は林琴奈選手の小学時代から現在までを詳しく調べてみました!

林琴奈(バレー)の小学校時代は?

林琴奈選手の出身地は京都府。

地元の京都市立山階小学校に通っていました。

林琴奈選手がバレーボールを始めたのは小学2年生の時。

4歳年上のお姉さんがバレーボールをしていたという事がきっかけで始めたました。

京都 (nagi)V.B.Cに小学2年生から所属し、バレーボール一筋の生活を送ります。

林琴奈選手をはお姉さんやお兄さん、そしてご両親とみんな身長が高い。

という高身長家族なんだとか。

そういう事もあり

『バレーボールに向いている』

と監督が目を付けたというエピソードも!

林琴奈選手は現在はアタッカーですが、小学時代はセッターをしていた時期がありました。

林選手は小学2年生の時から凄い選手だった・・・

というエピソードがあるので紹介します。

監督は林琴奈選手を『背の高いセッター』に育てるつもりで基礎練習を積んでいました。

そんな時、それまでセッターをしていた5年生の子が急に辞めてしまいます。

当時まだ小学2年生だった林選手ですが急遽セッターに任命されます。

全国大会京都府予選まで練習期間はたった2ヶ月。

いままでセッターの経験もない林選手は手探りで練習を続けていきます。

そして試合の日の朝。

緊張からなのか、布団から出てこない林選手。

そんな林選手をお母さんが無理やり着替えさせて集合場所へ向かわせたのです。

まだ小学2年生の林さんにとっては、慣れないポジションでしかも大切な試合。

プレッシャーが半端なかったのでしょうね。

お母さんのおかげもあり、無事試合でもセッターをやり切ったという事なのです。

この時にお母さんが連れてきてくれていなかったら現在の林選手はいないのでは?

と当時の監督の山本監督も話されています。

そんな短期間でセッターとして試合で活躍できる林選手の才能にも驚くばかりですね。

林選手は常に『負けたら辞める』という気持ちで試合に臨んでいました。

試合に勝てないのは嫌。

という負けん気の強さをいつも持ってきました。

林選手の負けん気の強さは小学生の時から培われてきたものだったんですね!

林琴奈(バレー)の中学時代は?

小学生の時からバレーボール一筋の林選手は中学校はバレーボール強豪校の大阪市の金蘭会中学校に進学します。

林選手は将来はバレーボール選手になりたい!

という気持ちを持っていたため、どうせなら強いチームで、自分の実力を付けたいと思い金蘭会中学に進学するのですが・・・

金蘭会中学校は「日本一を目指す」という言葉が当たり前に飛び交う程のチーム。

練習は想像以上にきつく、脚はいつもパンパン。

またバレーボールの練習だけでなく生活面も厳しく、ボールに触る時間以外も気を抜く事ができませんでした。

その上、自宅から学校まで片道1時間かかるので、毎日家を朝6時に出て、帰ってくるのは22時頃の生活。

疲れていてもゆっくり眠る時間もない程忙しい生活を送りました。

負けん気の強さは人一倍な林選手。

試合に負けたくないから強くなりたい。

という気持ちを持ち続け、練習に励みます。

そしてその成果が実り、中学3年生の時に日本一に。

チームのキャプテンとして活躍しました。

このように中学時代もバレーボール一筋の林選手は更に実力をつけていきました。

林琴奈(バレー)の高校時代は?

林選手は高校は中学からそのまま金蘭会高校へと進学します。

中学時代からバレーボールの強豪校金蘭会に在籍した林選手なので、トントン拍子だったのかな?

と思っていましたが、高校時代は更なる壁にぶつかる事となります。

全国のチームと練習試合をする機会も多く、試合に出る度に見つかる課題。

「負けるのは嫌だ!」

その一心でプレーしてきた林選手が、本当の意味で勝負の厳しさを思い知らされていきます。

1年生の時からレギュラーメンバーとして試合に出場。

ですが連覇がかかった大事な試合。

あと2勝すれば日本一という大切な試合で林選手のスパイクミスが最後の失点となり試合に負けてしまいます。

もうこんな思いは絶対にしたくない

と思い必死に練習を重ねた2年生の春高。

準決勝敗退でした。フルセットの末敗退してしまいます。

3年生には、キャプテンに。

技術面ではなく、精神面での弱さが課題だった林選手。

キャプテンとしてチームを引っ張る事は課題がいっぱいでした。

もともと人前に立って、みんなをグイグイ引っ張っていくことが苦手な林選手。

周りに対しても積極的に意見することができませんでした。

ですが、そんな事ではいつまでたっても勝てない。

「絶対勝とう!」

「負けたくない」

と小学生の時から一貫した思いを持ち続けてきた林選手は、キャプテンとして成長する事がいいプレーに繋がり、チームを優勝へ導くのでした。

林琴奈(バレー)の現在は?

高校卒業後はJTマーヴェラスへ所属し、世界の選手と対戦する選手になるため日々努力を重ねています。

JTマーヴェラスへ所属した理由は出身地である関西で頑張りたい。

という思いはありましたが、一番の理由は

「強いチームでやりたい」

という気持ちを持ちだったんだとか。

JTマーヴェラスでの練習は高校時代よりもはるかに厳しく、ついていくだけで精一杯。

そんな中、1年目からスタメン起用も。

Vリーグで活躍する選手の強さを見せられるたび、不安を覚え林選手。

負けず嫌いな性格で苦手や課題を克服。

『自分の武器はこれだ。』

と言えるように更に練習を重ねています。

小学生の時からバレーボール選手を夢見て、世界で戦う選手に成長し続ける林選手のこれからの活躍が楽しみです。